「即席のサンタクロース」 by デイヴィッド・レヴィサン 訳 藍(2020年05月03日~2020年5月29日)
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即席のサンタクロース
ボーイフレンドから「サンタクロースになってくれ」とせがまれると、あれ、私ってサンタサイズだっけ? 自分でも気づかないうちにちょっと太ったのかな? と思ってしまう。
「でも、私はユダヤ人だから」と私は渋る。「もしキリストになってくれ、と言うのなら、まあ考えないでもないわ。―少なくともキリストは私と同じユダヤ人だし、Speedoの競泳用水着を着ても、ビシッとさまになるでしょうから。それに、サンタって押しつけがましいっていうか、陽気になるように要求してくるじゃない。キリストは、ただ生まれただけでいいって言うわ。そのままでいればいいって」
「真剣に頼んでるんだ」とコンナーが言った。彼が私と真剣に向き合うことはめったになかったから、彼がわざわざそう言わなければならないのも無理はない。「去年のクリスマスまでは、ライリーはサンタを信じてたんだ。でも、あやしんでた。今年も俺がサンタをやったら、完全にばれてしまう。だから君じゃないとだめなんだ。君しか頼める人がいないんだよ」
「ラナに頼んだら?」と私は言う。彼には二人の妹がいるんだけど、ライリーが下の妹で、ラナは上の妹よ。
彼は首を横に振る。「無理だよ。絶対に無理」
まあ、たしかに無理ね。ラナはまだ12歳で、気性が荒いし、サンタクロースになりきるよりも、爪(クロース)を立てて攻撃をしかけてくるタイプだから。私は彼女が怖いわ。
「ねえ、お願いしまちゅよぉーーー」とコンナーが赤ちゃんのような甘い声を出す。
彼がそんな可愛い声を出すなんて信じられない。彼にそう言うと、恥を忍んで頼んでいるんだ、と懇願してくる。恥もなにも、私がサンタをやるとしたら、恥をかくのは私の方じゃない。
「サンタの衣装を君の体型に合わせて仕立て直す必要もないだろうから!」と彼は断言口調で言う。
私が恐れているのは、それなのよ。
・・・
私にとってのクリスマスイブは、毎年家族で集まって、翌日に映画館に見に行く映画をどれにしようか、と話し合いながら過ごすのが定番だった。(私の家族は熟慮を重ねに重ね、いつもこじれるので、ローマ教皇を選出する会議の方がすんなり決まるんじゃないかと思ったりする。)なんとか結論が導き出されると、私たちは散り散りになって、それぞれの部屋で別々のことをし出す、というのがいつものイブの夜だった。
私の家族には特別信仰心の熱い人はいないけれど、私がサンタの衣装を着て出かける姿を見たらどう思うかしら。家族にはちょっと見せられないなと判断し、私は真夜中の12時前にこっそり家を抜け出すことにした。車の後部座席で着替えようとしたのだが、私の車は2ドアのホンダ・アコードなので、後部座席が狭く、なかなか骨の折れる作業になった。たまたま通りかかった人が薄暗がりで、ごそごそ動いている窓の中を覗いたら、私がサンタの首を絞めているか、サンタといちゃついている最中だと思うかもしれない。ジーンズの上から穿けるかと一度試してみるが、きつきつだったので、私はパンツ一丁になってから、サンタのズボンを穿き、まず腰から下だけサンタになった。パジャマみたいなものだろうと予想していたが、なんだか捨てられたカーテンを巻いている感触だった。
今まで気にもしていなかったが、サンタの衣装にはふさふさした白い毛がたくさんついていた。ふと、この毛はどこから取ったのだろう? という考えが頭に浮かんだ。サンタは一年のほとんどを北極で過ごしているらしい。そんなに長い期間寒い場所で暮らしていれば、大量に毛皮が必要になるだろう。ということは、ホッキョクグマの数が減っているのは、地球温暖化のせいではなく、彼が白い毛皮を取るために殺しているから、ということか。そんなことを思ってほくそ笑んだ。大した考えではなかったけれど、夜中で頭が回っていないし、しかも車の後部座席でもがきながらだったから、これが思い付く精一杯のユーモアだった。
お腹を大きく見せるために詰め物をお腹にひもで巻き付け、その上からサンタのコートを着た。今頃コンナーは、ベッドですやすやと夢でも見ているのだろう。コンナーは「俺も起きてるよ」と申し出てくれたが、それは危険すぎるから寝てて、と私は言った。―もし私たちが一緒にいるところを見られたら、困った状況になるばかりでなく、計画がライリーに露見し、サンタがいないことも悟られてしまう。そうなれば、もう取り返しがつかない。ラナと母親も眠っているはずだった。―彼女たちも今夜、私が来るとは思ってもいないだろう。というか、そもそも私の顔を見ても、誰だっけ? としばらくピンと来ないのではないか。計画では、ライリーだけがサンタを待ちながらまだ起きていて、―あるいは、私が彼女の部屋に入ったら、彼女が目を覚まして、6歳の澄んだ目をまんまると見開き、うっとりと私の姿を見つめてくるのだ。そんな彼女を見たいという気持ちが芽生え、私はサンタ役を引き受けることにした。
私はまた、コンナーに渡すための私自身のプレゼントも持っていた。暗い車の中で、サンタのブーツと付けひげを手探りで探しながら、包装紙にくるまれた彼へのギフトボックスを手で打ち壊してしまわないように気を付けた。私たちが恋人になってから初めてのクリスマスということで、私は彼に何を贈るかについて、膨大な時間を費やし熟考してきた。彼はプレゼントは重要ではないと言うけれど、私は重要だと思う。―どれだけお金をかけたかという意味ではなく、私はこんなにもあなたのことを理解しているのよ、と箱を開けた瞬間に、私が選んだプレゼントが私の代わりに言ってくれるから。それと、クリスマスの三週間前にプレゼントを注文しても、クリスマス前に別れちゃってプレゼントが台無し、なんてことも十分あり得たわけだけど、幸いにも危険因子が私たちの関係に入り込むことはなく、今日までちゃんと付き合ってこれた。
着替え終わると、後部座席から運転席にそう簡単には移動できないことがわかった。ボリューム感のあるサンタの衣装を着たまま運転席に体を滑り込ませるには、座席を下げ、ハンドルに手を伸ばし、重いギアを切り替えるしんどさで、よいしょっと移動しなければなからなかった。ふと、天井も壁もないそりに乗ってやって来る本物のサンタが羨ましくなった。
私はコンナーの家にまだ数えるほどしか行ったことがなかった。しかも、まだ付き合っていない頃に何回か行ったきりだ。彼の母親は私を、彼が仲良くしている友人の一人だと認識しているだろう。私たちが二人で一つになろうと決める前、私たちは6人グループでつるんでいて、コンナーの家のソファーにみんなで座り、ポテトチップスが入ったボウルを取り囲んでいた。そうすると、たまにライリーが、私たち思春期グループのところにやって来て、お菓子をつまみ食いしながら、彼女に興味を示した私たちのうちの誰かに、色目を使うようにすり寄っていくのだった。一方、ラナは自分の部屋にこもったままで、彼女の部屋からは大音量で音楽が鳴り響いていた。私たちも結構ガヤガヤと騒がしくしていたのだが、それをしのぐ勢いで、ラナは音楽をかぶせてくるのだった。
サンタの恰好で普通に彼の家の私道に車を停めるのも、なんだかサンタ感がないなと思い、隣の家の前の公道の縁石に車を寄せて停めた。この恰好で車を降りたとき、それを見た通行人はどう思うだろう、とそればかりが気になる。―通りは不気味なくらい静かだった。路上で見えない者たちが、真夜中のクリスマスミサを開いている気配すらある。私は子供たちを励ますためにやって来た太った善意の使者というよりは、B級映画というか、―たとえば『サンタの殺人巡り』などのZ級ホラー映画に出てくる殺人鬼っぽいな、と自分を客観視してしまう。私はこれから善良な市民の家に押し入り、まだ知能の低いパジャマ姿のいたいけな子供を襲おうっていうのか。その時、コンナーの家の鍵をジーンズのポケットに入れっぱなしだったことに気づいた。車まで引き返し、上半身だけ車に入れポケットを探りながら、無能な連続殺人鬼だな、と呆れる。
それと、付けひげがかゆかった。
私たち家族はユダヤ人ではあったが、両親は子供だった私に、サンタは実在する、と肯定的に言った。ただ、私たちの家にやって来ることはない、と付け加えた。両親の説明は、時間的なやりくりの観点から、私を納得させた。
「彼はね、一晩ですごくたくさんの家を回らなければならないのよ」と母親は私に力説した。「だからね、もうユダヤのハヌカーの8日間を済ませた家は飛ばすの。そうしないと間に合わなくなっちゃうから。でも、サンタがそりに乗って、うちの上空を通り過ぎるとき、窓から手を振ることはできるわ。やってごらんなさい」
それで、私は子供の頃、クリスマスイブに夜更かしして、サンタが近所の家を訪問する際に私の姿が見えるように、窓の外に手を振っていた。実は、近所には私と同い年の少年がいたから、親が私にサンタはいないと真実を言えば、すぐに私がその子に話し、その子のサンタ幻想を壊してしまいかねない、という親の配慮だった。それはある意味で当たっていた。私は秘密を胸のうちにしまっておくことができずに、復活祭のウサギなんていないんだよ、と友達に言いふらし、彼らの夢をすでに壊していたから。ウサギが卵を配るなんておかしいよ、と。―ただ、世界中を飛び回ってプレゼントを配る太った男に関しては、なぜか私には理にかなっているように思えた。
結局、私が真実を暴くために必要な情報をくれたのは、その近所の少年だった。私たちは次のような会話をした。
彼:「サンタの別名はセイント・ニックっていうんだ」
私:「セイント・ニック・クロース?」
彼:「ううん、クロースはつかないよ。セイント・ニック、正式には聖ニコラス」
私:「でも、キリストの聖徒はもう全員死んでるよね? サンタクロースが聖徒の一人だったとしたら、もう死んでるんじゃない?」
それを聞いた彼は、少し考え込んでから、真実にぶち当たったような表情になり、泣き出してしまった。
・・・
私はコンナーから練りに練られた指示を受けていた。その緻密さに、なんか『オーシャンズ11』みたいだなと思った。プレゼントはすでにクリスマスツリーの下に置かれ、何足かの靴下がいっぱいになるまで詰めてあるという。私の役目は、それをある程度引っ張り出して、ライリーの部屋のドアを押し開けることだった。すると彼女が目を覚まし、部屋からリビングルームに出てきて、私がプレゼントを靴下に詰めているところを目撃する、という手はずになっていた。私はコンナーに少なくとも5回は、「あなたの母親はベッドの下に拳銃を常備してないよね?」と同じことを確認した。撃たれたら、私の命が一巻の終わりだからだ。彼は絶対にそれはないと誓った。母親は常備薬を飲んでぐっすり眠っているはずだから、私がトナカイの一団に引っ張られ、彼女の部屋を通り抜けても絶対に起きないと言う。でも、そんなことしたら、トナカイの激しい息づかいで火災報知器が作動してしまうのではないか、と心配になったが、それは彼に言わずに胸のうちにしまっておいた。
本当の気持ちを言えば、コンナーには起きていてほしかった。彼の家なのだから、彼と行動をともにしたかった。私一人で彼の家のキッチンを忍び足で歩くのは、妙な気分だったし、どこかのシェルターのように静まり返った廊下を息をひそめて歩きながら、彼の息づかいが聞こえれば心強いのにな、と感じた。もちろん彼が一緒だと、私がサンタを演じるという芝居は意味がなくなってしまうのだが、できれば彼に舞台袖にいてもらって、戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』みたいに、台詞回しなどの指示をこっそり受けたかった。
舞台袖ではなく、廊下の壁に貼ってあった写真から、彼は私を見守っていた。彼の二人の妹の写真も飾ってあった。彼らのママが折に触れて、彼らの様々な表情をカメラに収めたもので、私がリビングルームに近づくにつれて、写真の中の彼らは幼少期からだんだんと成長していった。写真の中の人物でもいいから、誰かが私のこっけいな姿を見て笑ってくれたらいいのに、と思ったところで、左足のサンタのズボンのすそをブーツの靴底で踏んづけてしまい、慌てる。ズボンが破れてパンツが見えたらどうしよう。
リビングルームはクリスマスツリーの灯りで、ほのかに明るかった。色とりどりの電球がツリーに巻き付けてあり、ツリーの天辺には星が輝いていた。私の家はずっとユダヤ式だったから、一瞬面食らったが、うん、これが通常のクリスマスツリーよね、と納得した。―クリスマスツリーというのは、大前提として、ぱっと見、他のクリスマスツリーと同じ感じでなければならない。そしてよく見ると、ちょっとだけその家独自の工夫が凝らしてある、というのがベストなんでしょう。クリスマスツリーの下には、私が想像したほどたくさんのプレゼントは置かれていなかった。そういえば、この家には家族が4人しかいないんだった、と思い出す。―『サウンド・オブ・ミュージック』でトラップ家に家庭教師としてやって来たマリアみたいに、大勢の子供たちを相手にする必要はないのよね。それに、この家のクリスマスは、8日間ではなく、1日だけね。
ツリーの下にあったプレゼントを暖炉のそばに移しながら、自分の行動が可笑しく思える。―私は煙突から入ってきたことになっているから、プレゼントは暖炉のそばにないと不自然なわけで、サンタのふりをするなら徹底的に本物らしくする必要がある。とはいえ、このサンタのお腹だと、煙突をくぐり抜けることは物理的に不可能なんだけど。私は動揺する気持ちを、煙突の中のネズミくらい小さく抑えながら作業する。ライリーが今起きてきて、私がツリーの下からプレゼントを引っ張り出しているところを目撃されたら、私たちの計画は台無しになってしまうから。きっかり人数分のプレゼントを無事に移し終え、私はそこにコンナーへのプレゼントを紛れ込ませた。―そのことは彼に内緒にしてある。私は彼をびっくりさせるのが好きだから。
普段の私は、コンピューターの画面を見ている時は別として、こんなに遅くまで起きていることはそうそうない。部屋の熱気で脇の下を汗が伝い、自分が何を着ているのかを繰り返し思い出す。靴下に入ったプレゼントを全部出すのはやめにした。どのプレゼントがどの靴下に入っていたかをすべて記憶し、ちゃんと元通りに戻せる自信がなかったから。
さて、ライリーの部屋のドアをノックし、私の存在を彼女に知らせなきゃ。彼女が部屋から出てこなかったらどうしよう、と不安がよぎる。部屋の中まで入っていって、彼女を揺すって起こさないといけないかしら? だけど、目覚めたら目の前に、自分にのしかかってくる体勢のサンタがいたら、確実に彼女のトラウマになっちゃうわ。彼女は悲鳴を上げるでしょうし、それを聞いた母親も起きてきちゃう。私は見た目は男だから、その状況をうまく説明できる自信がない。それだけは何としても避けなくちゃ。
ライリーの部屋は簡単に特定できた。―ディズニーのプリンセスたちがドアに描かれていたから。同性愛を象徴するレインボーカラーのドアは、コンナーの部屋っぽいわね。ジングルベルを鳴らす鈴を持って来れば良かった。ノックをしても反応がない。屋根の上に舞い降りて、足音を響かせるトナカイを連れて来れば良かった。ノックする部屋を間違えたのかしら? 『アナと雪の女王』のエルサが、氷のような冷たい目を向けてきた。『リトル・マーメイド』のアリエルは、水中で溺れている憐れな私を見るような目つきで見てくる。『美女と野獣』の快活なベルにさえ、冷めた笑顔を向けられ、こう言われている気分になる。サンタになるのはいいけど、中途半端な真似だけはやめてね。やるならちゃんとやりなさい。さもないと、来年のハヌカーは8日じゃなくて、5日でおしまいよ。
反応がないドアに耳を寄せてみる。私の付けひげが、ベルの頬をカサカサと撫でる。それから私は、音節ごとにちょっとずつ声を大きくして、「ほ...ほぉ...ほお!」と言ってみた。すると、ドアの向こう側からゴソゴソと、彼女が起き出す音が聞こえた。―その素早い動きは、彼女がサンタの到来を待ちわびていたことを意味する。私は、実際の私よりも百キロ以上大きくなった気分で、―威厳に満ちたサンタの足取りで、一足先にリビングに向かった。
廊下の角を曲がったところで、小瓶サイズの足音が私を追ってくるのがわかった。私に気づかれまいと忍び足を試みているのかもしれないが、うまく気持ちを抑えられないようで、パタパタと早足になる。
私は自問しなければならない。本物のサンタならどう振る舞う? 私はプレゼントを置いた暖炉に向かい、それらを元々あったツリーの下に戻し始める。荷物運びってなんかちょっと、つまらない仕事というか、付き人にやらせたくなる。―ティンカーベルみたいな妖精が粉を振りまいて、ちょちょいのちょいと運んでくれればいいのに。でもサンタは一人で旅する男だし、これも今夜の興行の一部なのだ。私は口笛を吹こうを思い立つが、「サンタクロースが町にやって来るぞー」と歌うのは、あまりにも自己中心的に思え、かと言って、一人で「ジングルベル」を歌うのは、なんだか―。
「すみません」と、小さな声が思考を遮った。
視線を下げるように見れば、ふんわりしたワンピース型のネグリジェを着たライリーがいて、ピーターパンが部屋に入ってきた時のウェンディを思い起こさせる。ただ、それを着ているライリー自身は、ウェンディというより、ティンカーベルみたいだ。ライリーはこの時間の女の子らしく、しょぼんと眠そうな目をしていた。しかし、彼女の声はハキハキと明瞭だった。
コンナーの話では、ライリーはサンタの作業を見守っているだけで、話しかけてはこない、と聞いていた。彼女は私がプレゼントを置いている姿を見て、クリスマスの願いが叶ったと喜び、駆け足でベッドに戻る、はずだった。
「何かな? お嬢ちゃん」と私は言う。意識的に声を低くして、おとぎ話によく出て来る悪いオオカミっぽく言ってみるが、中途半端に声が引きつってしまい、レッドブルを3本飲んでハイになったオオカミっぽくなってしまった。
「あなたって本物?」
「もちろん本物だよ! ほら、ちゃんとここにいるでしょ!」
この論理は彼女を満足させたようだった...けれど、それは一瞬に過ぎなかった。
「でも、あなたって誰?」と彼女が聞いてくる。
誰であってほしい? と聞き返しそうになる。だけど、聞くのをやめた。彼女が望む人は、私ではない。サンタクロースでもない。きっとパパだ。
部屋の薄暗さと、付けひげの粘着力の強さのおかげで、私の顔は認識されていない。普段のスニーカーからサンタのブーツに履き替えてきたのも正解だった。とにかく、彼女のサンタ幻想を壊すようなへまだけは避けなければならない。かといって、どう答えればいいのだろう? このまま、ぎこちない微笑みを彼女に投げかけていては、ますます怪しまれるだけだし、今が、彼女が人生で初めて不信を抱いたその時になってしまう。
しかし同時に...私はサンタクロースだよ、と言う踏ん切りがどうしてもつかない。そもそも私はサンタクロースではないし、そこまで口達者なわけでもない。彼女が自然に信じるような嘘をつけるかどうか、不安感が膨らむ。
そこで私は、ジャム入りドーナツになったつもりで、まんまると笑顔になって言った。「君は私が誰か知ってるでしょ。今夜、北極から君の家まではるばるやって来たんだよ」
彼女の目がまんまると開いた。その瞬間、北極からそんなにすぐに来れるのかといった論理的な疑問は吹き飛び、彼女は驚嘆を一身に受けたような表情をする。血がつながっているだけあって、コンナーにそっくりな表情だ、と私は感じる。コンナーもクールに内面を隠すタイプではないから、彼にとって目の前のものが特別かどうか、彼の表情を見ればすぐにわかるのだ。―たとえば、『ハロルドとモード』を見ている時の彼は、歓喜に今にもむせび泣くようだし、ラジオからお気に入りの曲が流れてきた瞬間には、パッと光が差したようなにこやかな顔をするし、彼が私を待っている部屋に私が入っていった瞬間には、飾らない笑顔を向けてくれる。彼には取り繕ったり、気取った感じがまるでないのだ。上辺だけクールに装う、という概念自体を知らないのではないかと思ってしまうほど、彼は飾らない人だから、時々私まで、自然体でいればいいかな、という気にさせてくれる。
今、目の前にいるのはライリーだった。彼女は幼少期の繊細な殻が割れつつある年齢に差し掛かっている。この時期デパートに行けば会えるサンタクロースだったら、どういう質問をするのか、私は知っている。―今年、君はいい子にしてたかな? サンタさんにどんなプレゼントをお願いする? だけど、それは私が言いたいことではなかった。
「信じることをやめちゃだめだよ」と私は彼女に言った。
彼女は小首をかしげて私を見つめてきた。「歌みたいに?」
私は声を立てて笑ってしまう。「ほぉほぉほぉ!」そして続けた。「そう、その通り。そういう歌あったね」
私はそう言いながら、彼女の目をまっすぐに見られる位置までかがみ込んだ。すると、彼女が私の付けひげに向かって手を伸ばしてきた。グイッと引っ張られ、素顔を暴かれてしまうのではないか、と一瞬たじろぐ。しかし彼女の手は付けひげを通り越し、私の肩をポンと、ねぎらうように叩いた。
「あなたはとてもよくやってるわ」と彼女が言った。
褒められたのはわかったけれど、サンタのふりが上手いと褒められたのか、サンタとしての仕事っぷりを褒められたのか、判別がつかない。たとえ前者だったとしても、褒められた手前、サンタのふりをこのまま上手く続ける以外に選択の余地はなさそうだ。
「ほぉほぉほぉー! ありがとう、ライリー!」
彼女は驚いて、嬉しそうに言った。「あなたって私の名前を知ってるの!」
「もちろん! 名前を知らなかったら、プレゼントを君の家まで届けられないでしょ?」
この発言は彼女を納得させ喜ばせたようで、 彼女はうなずきながら、一歩下がった。
私は微笑む。
彼女も微笑む。
私はもっとにっこりと微笑み、少し後ずさりして立ち去る素振りを見せる。
彼女も笑顔を返してくるが、動こうとはしない。
サンタが腕時計を見遣るのは、失礼な行為なのかどうか迷う。
彼女はじっと私を見続けている。
「それじゃあ...ええと...君が見てる前でプレゼントを配るというのは、サンタのルールに反する行為なんだ」
「でも、サンタってあなた一人でしょ。今新しいルールを作っちゃえばいいじゃない?」
私は首を横に振る。「それはだめだよ。サンタのルールは代々引き継がれているものだから」
「じゃあ、あなたの前のサンタは誰だったの?」
私はちょっと考えてから、「私のママだよ」と言った。
それを聞くと、彼女はクスクスと笑い出した。
私は微笑む。
彼女も微笑む。
依然として彼女はリビングから出て行こうとしない。
私はこの様子をコンナーがドアの陰から見ている姿を想像する。きっと面白がって、今にも笑い出しそうになっているに違いない。
君ってさよならが苦手だよね、彼の言葉が耳元で聞こえた気がした。たしかに、私はさよならが苦手だ。彼とメッセージのやり取りをしていて、私が最初におやすみと入力してから、実際にやり取りを切り上げて画面を閉じるまでの平均時間は、大体47分なのだから。
「トナカイたちが待ってるんだ」と私は言った。「他の子供たちの家にも行かないとだし。君の家は実際、今夜回るルートのまだ最初の方だからね」
まだ6歳くらいだと、他の人がどうとか、そんな大義名分を聞かされても、たやすく納得しないものなんだけど、ライリーは理解を示したような表情になり、少し後ずさり、しばし考え込んだ。
それから、私の心の準備ができる前に、彼女はハグしようと私のお腹に飛び込んできた。私のお腹に仕込んである枕に、もふっと彼女の顔がめり込む。彼女は腕を私のお尻の方まで回してくる。そんなに強く抱きしめたら、この感触は本物の枕だとばれてしまう。サンタのズボンがぶかぶかで、私の足には大きすぎると察知されてしまう。しかし、今彼女の頭にあるのは、抱きしめている、という考えのみだった。今、彼女は全身全霊で抱きしめている。私を誰だと思っているのかは定かではないが、とにかく必死でしがみついている。6歳が出せるありったけの力で抱きしめられながら、私は思う。
彼女は、私が本物であることを確かめているのだ。
「メリークリスマス、ライリー」とサンタは言った。「メリー、メリー、メリークリスマス」
彼女は体を引き離し、私を見上げると、任務につくような真剣さで言った。「あたしは寝ないとだから、もうそろそろ行くね」
「素敵な夢を見られますように」と、サンタは彼女の頭に見えない粉を振りかけた。それから、おまじないの締めくくりとして、「ほぉほぉほぉ!」と付け加えた。
ライリーは来た時と同じくらい注意深い足取りで廊下を歩いて自分の部屋に戻っていった。この秘密を他の家族に内緒にしようとしているのかもしれない。
彼女が行ってしまうの見届け、彼女の部屋のドアがカチャと閉まる音が聞こえるまで待ってから、私は残りのプレゼントをツリーの下に運ぶ作業を再開した。すると、1分もしないうちに別の音が鳴った。それはパチパチパチ...という拍手だった。
「ブラボー、サンタ」と皮肉めいた声が言う。「あんな風に小さい子を騙したら、そりゃあ、あなたはさぞかし気分いいでしょうね」
ラナがキッチンへ通じている扉口に立っていた。丈が長いナイトシャツを着て、スウェットパンツを穿いている。寝る時の格好らしいが、今夜はまだ一睡もしていないように見える。彼女は性格もヴァンパイアっぽいのだが、―ヴァンパイアのごとく一晩中起きてるなんてことも、可能性としてはなくはない。
「ハイ、ラナ」と私は静かに言った。ライリーに会話を聞かれたくなかった。
「ハイ、サンタ」彼女はリビングに足を踏み入れると、私の全身をじろじろと眺めてきた。私は12歳の調査官に怪しむ目で全身を見られることに慣れていないので、どぎまぎする。「あなたがこれをする代わりに、うちの兄があなたにどんな性的サービスをするっていう約束なのか、私の知ったことではないけど、あなたって脳タリンのぼんくらって感じね」
「こうして君に会えるなんて、私も感激だよ!」と私はサンタが歌うように言って、プレゼントをツリーの下に戻す作業を続けた。
「なに、私には『ほぉほぉほぉ!』は無し? 私が今年は悪い子だったから? 一人の老人がそういうジャッジを下すのって公平っていえるかしら、しかもサンタって白人でしょ。私へのプレゼントは、まさか石炭の破片ってことはないでしょうね?」
「しー、彼女に聞こえちゃうだろ」
「あら、どうして? べつに聞こえたっていいじゃない。コンナーがサンタ幻想を壊さないようにって頑張ってるのは知ってるけど、そんなの馬鹿みたい。っていうか、なんでうちの衣装を勝手にあんたなんかに貸してるの? 信じられない。コンナーにそんなことする権利はないわ」
私はまだコンナーと付き合い始めて間もないから、彼の妹と大声で言い合うわけにはいかない。それができるのは、もっと彼との絆が深まってから、ずっと先の話だ。私は彼女を無視して、視線をプレゼントに戻し、作業を続けた。もうすぐすべてのプレゼントを移し終わる。そしたら、さっさと立ち去ろう。
「なに...トナカイに舌を抜かれて喋れないとか?」ラナがからかい口調で言う。「ああ、なるほどね。そういうことか。ライリーには、あんたたちが勝手に思い描いてる妄想を押しつけておいて、私には目もくれないってわけね。あんたたちは、私なんかどうでもいいって思ってるんでしょ」
「ラナ、本当に、声を抑えてくれ、頼むよ」
「お願い! サンタさん、あなたって本当に、礼儀正しいわね」彼女がどんどん近づいてくる。「コンナーがあなたを好きなのも、凄くわかるわ」
コンナーが私を好きだとか、そういうことを言われたら、普通なら飛び跳ねたくなるほどハッピーな気分になるものだけど、彼女の言い方は、裁判で私を糾弾しているようでもあった。
「毎年サンタ役は誰がやってたか、知ってるんでしょ?」と彼女は続けた。「それは本当は誰の衣装かわかってるんでしょ? 私だってライリーみたいに、何年もの間、馬鹿げた幻想を信じてたわよ。本物のサンタだって思ってたし、毎年こうして来てくれるんだって信じてた。だけど、もうだめね。コンナーがこんなにも馬鹿だったなんて。関係のないあなたにそれを着させて、こんなことして。こうすれば、彼は惨めな気持ちにならずに済むと思ったのかしらね。私たちはとっくに見捨てられて、どうしたって惨めなのに」
私は最後のプレゼントを元の場所に戻し終えた。
「何か言いなさいよ。彼を弁護することもできないの? それが理にかなってる行為だって、正当化しなさいよ。あなたがここにいるのは正しいことだって、弁明してみせてよ。何もかもめちゃくちゃにしておいて、涼しい顔して、ほら、元通りだろって言ってみなさいよ」
私は初めて彼女の目を見た。しかし、彼女が私を見つめる目つきがあまりにも敵意に満ちていたから、すぐに目を逸らしてしまう。
「私は彼に頼まれたから、彼のためにここにいるんだよ」と私は言った。「ただそれだけ」
「あぁぁぁ、なんて可愛らしいの」と彼女は、私が子猫にでもなったかのような声を上げた。「あなたって誰かさんにぞっこんなのね、そうでちゅよね?」
今回はもう我慢できなかった。今回ばかりは何か言わなければならない。私は再び彼女の目を見て、今度は揺るぎない眼差しで、言った。「その通り。私は彼に、ぞっこんだ」
一瞬、彼女が沈黙した。一瞬、私がきっぱり宣言したことで彼女をなだめることができたのかと思った。一瞬、彼女は理解してくれたのかと。しかし彼女は復活した。彼女が元に戻る変化を認識できないほどスムーズに、彼女は復活した。
「私はあんたが大っ嫌い」と彼女が言う。
私は不意を打たれて、危うく気絶しそうだった。
「なんで?」と私は聞いた。
「あなたには彼は手に負えないからよ。あなたは彼と付き合い始めることもできないでしょうね。彼をあなたのものにはできないってこと。彼のためとか言って、あなたにはここでこんなことやってる資格はないのよ。勝手に自分は必要な人間だなんて、勘違いしないでちょうだい」
思わず、ごめんなさい、と謝りそうになる。家の中にお邪魔してしまったこと、それから、もう一年だけでも、と夢を先延ばしにするように、彼女の妹を騙してしまったことを謝りたかった。
でも本当のところ、私は申し訳ないとは思っていない。それで私は謝らずに、言った。「君は凄く怒ってるね」
「当たり前でしょ! 私にはそれだけの正当な理由があるのよ」
「でも、私にどうしろって言うんだよ」
そう言ってすぐに、私は見当違いのことを言ったと気づいた。そもそも、彼女は私のことで怒っているわけではないのだ。
「べつにあなたがゲイだから言ってるわけじゃないのよ」とラナは言った。「わかるでしょ? あなたが女の子だったとしても、私は同じくらい腹立たしい気持ちになってるわ」
その妙な歩み寄りに喜ぶべきかどうか、不思議な気分になる。
「それじゃあ、クリスマスに何が欲しいのかな? お嬢ちゃん」私はサンタの声に再び切り替えた。
私は彼女がお嬢ちゃんの部分に反応して、切れ気味に罵ってくると思い、身構えた。けれど、意外にも落ち着いた口調で、彼女は言った。「私がその衣装を着て欲しいのは、あなたじゃないわ」
私は頷いて、自分の地声に戻した。「気持ちはわかるよ。わかるけど、サンタが現実的に君にあげられるものを言ってもらわないと、こっちだって困るよ」
「なんか、あなたは何もプレゼントを用意して来なかった、みたいな言い方ね」
「一つだけ持って来たよ」
「ライリーに? ああ、コンナーにね」
「君には何も用意して来なかったけど、その理由を考えてほしいな」
「どうして?」
「君はいつも私に対して、目の敵にしてるみたいに、きつく当たってくるじゃないか」
彼女は驚いた表情をして、笑い出した。「それなら仕方ないわね」
私たちはしばしの間、黙り込んだ。そこに別の音が聞こえ、二人してそちらを振り向く。
廊下の向こうでドアが開いた音だった。私たちは黙ったまま耳を澄ます。
小さな足が近づいてくる音。
「あーあ」とラナが囁いた。
ライリーが再びリビングに入って来て、ラナが私と一緒にいるのを見て、ほんの少しだけ戸惑ったように首を傾げた。
「彼にクッキーをあげた?」と妹がお姉ちゃんに聞いた。「寝ようと思ってベッドに入ったんだけど、彼にクッキーをあげるの忘れたって思い出したの」
それを聞いた姉は、ためらう様子も見せず、答えた。「今、取って来ようと思ったところ」
ラナはキッチンへ向かって行った。ライリーは、自分の気持ちを抑えられない様子で、ツリーの下のプレゼントをじっと見ている。私も子供の頃、メノーラーの燭台の周りに置かれたプレゼントをこんな風に見つめていたな、と懐かしい気持ちになる。―どのプレゼントが私のだろう、中には何が入っているんだろう、とそわそわしていた。私の母は、中身に見合わないほど大きな箱にプレゼントを入れがちだったから、まんまと母の術中にはまり、ことごとく私の予想は外れた。
「次はどこへ行くの?」とライリーが私に聞いた。
「ネブラスカ」と私は答える。
彼女は頷く。
ラナがキッチンから戻って来た。両手にお皿とコップを持ち、お皿の上には〈ペパリッジファーム〉のクッキーが乗っていて、コップには牛乳が入っていた。
「はい、どうぞ」と、彼女がそれを私に差し出してきた。
私はクッキーを一つ取り、口に入れた。少ししけっている食感だった。
「美味しい! 夜中に食べたクッキーの中で最高の味だよ!」私はライリーをがっかりさせないために、そう宣言した。
ラナは「いいかげんなこと言ってんじゃねえよ」とか言いたそうな顔をしていたけれど、それは胸の内にしまっておいてくれた。
「それじゃあ、そろそろ」とラナが言う。「もうあなたは行かなきゃでしょ」
「ネブラスカへね!」と、ライリーが鐘のような声を上げる。
不思議なことに、私はこのままここに居残りたい気持ちになっていた。せっかくこうして3人が同じ空間を共有しているんだし、少なくとも姉妹のうち一人は、私が本当は誰かを知っているんだから、もうサンタのふりはいい気がしてきた。ラナがコンナーを起こしてくるよ、と提案してくれればいいのに、と思った。そして、コンナーも加わった4人で朝陽が昇るまで、クッキーを食べながら和気あいあいと過ごしたい。
「ほら、なにぐずぐずしてるのよ」と、ラナが私の思考に割って入ってきた。「ネブラスカが待ってるんでしょ」
「そうだった。その通り」と私は言って、ドアに向かって歩き始めた。
「そっちじゃないでしょ!」とラナが、煙突のついた暖炉を指差して言った。「屋根へ出られるのは、この煙突だけよ」
ライリーが私の行動に注目している。私は必死に、玄関から出なければならない理にかなった理由を探すが、何かあるはずだと焦るばかりで、何も思い浮かばない。
仕方なく私は暖炉に向かって行った。暖炉は全く使われていないように見えた。私は身を乗り出し、頭を突っ込み、煙突の中を見る。煙突はあまり広くなかった。一旦頭を抜き、背筋を伸ばすと、ライリーを見た。視線がぶつかる。
「ほら、君はもう寝ないと!」私は彼女を急かす。
ライリーが手を振ってきた。ラナはニヤニヤと笑いをこらえている。
「空の旅、気をつけてね」とラナが言った。
他にどうしたらいいのかわからず、私は身をかがめて、暖炉の中に入っていった。それから、私は自分の体が隠れるくらいまで煙突の中を登ると、そこで留まって、200まで数えることにした。―私が囲まれているクモの巣とほぼ同じ数だった。一瞬、お腹が圧迫されて胃が押し潰されるのではないかと恐れたけれど、私の胃には若干の余裕があった。―私は即席のサンタだから、今さっきクッキーを一つ食べただけだ。他の家々も回って、行く先々でクッキーをもらって食べていたら、お腹がパンパンで大変なことになっていただろう。舌が埃でじゃりじゃりした。目の中にも埃が入ってきた。家に出入りする方法として、煙突が最悪の部類に入ることはたしかだった。サンタはなぜ屋根の上に舞い降りて、わざわざこんなところを通るのか? 普通のお客さんみたいに、家に続く私道にトナカイとそりを停めておけばよくないか?
ラナがライリーに、おやすみ、と安眠を願う言葉をかけているのが聞こえた。二つのドアが閉まる音が聞こえてから、私はそっと煙突から下り、暖炉から身を引き抜いた。サンタの衣装が埃をかぶったように汚れていて、私は体を揺すって、できるだけ埃を振り払った。カーペットに雪が降り積もるように、埃が舞い落ちるが、知ったことではない。この埃はラナに説明させればいい。
これでようやく、私の任務は完了した。でも、どこか虚しさを感じる。彼の家にいるのに、彼に会っていないからだ。このままここを立ち去るなんてできない。彼に会うことは計画には入っていないが、今私の身に降りかかった一連の出来事だって、計画外だ。私がここにいることを彼に知らせなければ、私自身の任務は完遂しないのだ。
家の中は再び夜中の静寂に包まれた。時計が一秒ごとに時を刻む音が聞こえ、その背後で、冷蔵庫だろうか、何かがうめいているような低音が微かに聞こえてくる。私は慎重に歩みを進め、立ち止まる。ライリーがもう寝てしまったという保証はない。というか、こんなにすぐには寝ていないのではないか。ライリーの部屋の前を通らなければ、その先にあるコンナーの部屋にはたどり着けない。私はライリーの部屋の手前で固まったように立ち尽くす。こんな風にじっと立っていることなんて、ほとんどないな、とふと思った。この家族に加わりたいなんて、そんなの私には無理な願望なんだ。ただの傍観者として、外から眺めているのがお似合いだと自分に言い聞かせ、私はそっと引き返した。時間潰しには最適の、最強の武器であるスマホを、車の中に置いてきてしまった。いわば非武装状態で、私は周りを見回す。クリスマスツリーの灯りにほのかに照らされたリビングルームは、どこかしら寂しそうに、ひっそりとその機能を休止している。寂しそうなのは、何かが欠けているからだろうが、私がその何か、なわけはない。壁際の棚には本が並んでいるようだったが、薄暗くて、どんな本が収まっているのかわからない。本は一列ずつ、お互いに寄りかかるような形で並んでいる。本の列が短い段があり、小さなフィギュアがペアになって、両脇から本を守るように置かれていた。それから、塩やコショウの入れ物も並べられていた。誰かのコレクションだろうか。
どれくらいの時間が経過しただろうか、棚を眺めてそんなことを考えていると、時間の流れがゆるやかになったような感覚になる。ここは私の家ではない、と気づいた。そして未来永劫、ここが私の家になることはないのだ、という思いに襲われる。ラナがまたここに出て来てくれないかな、と少し期待した。あなた、なんでまだここにいるの? さっさと帰りなさいよ、とたしなめてほしい。そうすれば、私は彼女の兄の名前を言うしか選択肢がなくなるだろうから。
私は彼に求められ、ここにいるのだ。それなのに、なぜこんなに虚しい思いに駆られているのか? 恋人としてここに呼ばれたわけじゃないからだ。彼が私を恋人として、家族に紹介している光景を思い描く。そこのダイニングテーブルに私も座り、冗談を言ってライリーを笑わせたり、クールなラナさえも思わず笑ってしまうような、もっと面白い冗談を言ったりして、私は自然に彼の手を握る。私たちが手をつないでいるのを見ても、みんな笑顔のままだ。私はずっと彼の手を握っていたい。彼に愛してほしい。私が優しい時も、私が意地悪な時も、私を愛していてほしい。たまらない気持ちが全身を包む。私の全てが彼を求めている。
こんな風に恋にどっぷり落ちると、不安になる。どんどん要求が大きくなっていくから。私の人生が彼の人生にぴったりはまるなんてことはずっとないのかもしれない、と不安になる。私が彼という人間を知ることもないし、彼が私を知ることも、この先ずっとない気がしてくる。お互いに上辺だけ取り繕った話を言い合い、聞き合い、いつまでも、心から本当の話を語り合う関係にはなれないのではないか。私は不安の渦に溺れそうだった。
「もういい」と私は声に出して自分に言い聞かせた。声に出さないことには、自分の耳に届かない気がしたから。
自分の声が静寂に響き、慌てて耳を澄ます。ライリーの部屋か、もしくはラナの部屋のドアが開かないことを願う。サンタがまだいることを、あるいは私がまだいることを察知されてはならない。
私はもう一度コンナーの部屋を目指し、廊下を進むことにした。なんとか二人の部屋を通り過ぎ、コンナーの部屋が視界に入る。
彼の部屋の前に立った時だった。今にもドアを開けて、中に入り込もうとしたその時、廊下に私の他にも誰かがいるのを感じた。私は振り返る。そこには女性が立っていた。―寝室から出てきたコンナーの母親だった。彼女は眠そうに目をうっすらと開けて、こちらを見ている。髪の毛はだらりと垂れ下がり、胸元が最大限まで開いた薄い生地のナイトガウンを着ていた。私はそれを見て、テネシー・ウィリアムズの『熱いトタン屋根の猫』を思い出し、悲しくなった。彼女もまた、欲求不満の女性なのかもしれない。彼女はそのガウンをかなり昔から、かなりの頻度で着続けているのだろう。そのガウンはしなびた野菜のように、力なく彼女の体を覆っていた。そんな風に見てはいけないと思いつつも、暗がりに浮かび上がる幽霊のような彼女は、古びたポスターのように惨めに霞んで見えた。
彼女も私を幽霊だと思い、はっきりと認識されずに済めばいいと願った。今さら隠れるわけにもいかず、私は説明するしかないと思った。すべてをわかりやすく伝えるには何から話そうかと思案していると、彼女が先に口を開いた。
「あなたは今までどこにいたの?」
どこって言われても、煙突の中ですとも言えず、私は正しい返答を探し、うろたえてしまう。
「サプライズなんです」と私は言ってみる。
彼女が頷いた。その意味を理解してくれたようだ。それから、彼女が何か言うだろうと待ってみたが、彼女は頷いただけで、何も言わずに自分の寝室に戻ってしまった。彼女の背後でドアが閉じられ、私は再び一人きりになる。
なんだか見てはいけないものを見てしまった気分だ。彼女は忘れるかもしれないが、私はきっといつまでも覚えているだろう。その瞬間、サンタは行く先々で、良からぬものを目撃しているのかもしれないな、とサンタに同情した。不法侵入の見返りに、人間の見る必要のない姿まで目の当たりにしてしまうなんて。ただ、本物のサンタの場合、相手は見ず知らずの他人ばかりだろうから、それほど悲しくもないか。
私は彼女と廊下で出くわしたことをコンナーに話すつもりはなかった。彼の顔を一目見て、おやすみと一言声をかけたい一心だった。そっと彼の部屋に忍び込み、できるだけ音を立てないように静かにドアを閉めた。彼には起きていてほしかった。私が作戦をうまく実行しているか、起きて考えていてほしかった。二人だけの、邪魔する人が誰もいない空間で、私に声をかけてきてほしかったのだが、聞こえてきたのは彼の寝息だけだった。窓から月の光が差し込んでいて、部屋の中はうっすらと藍色を帯びていた。ベッドで彼が寝ている。彼が呼吸するたびに、彼の真上の空気が上下にゆらめくのが見えるようだ。彼のスマホがベッドの横の床に落ちていた。きっと彼の手から滑り落ちたのだろう。彼の助けを求めて、私から電話がかかってくるのを待っていてくれたんだ。
私は彼が寝ている姿を見たことがなかった。こんなにも安心しきった表情を見たことがなかった。彼にとってここは、何者にも脅かされることのない、絶対的に安全な場所なんだ。私の心は、否応なく、彼に引き寄せられてゆく。彼の眠っている姿を眺めながら、私はこの先ずっと、とてつもなく長い時間、彼を愛し続けることができるだろうと感じた。
だけど、私はここに含まれていないのだ。彼を愛している、なんて思っても、そんなの私の自意識の放出に過ぎないではないか。ここで彼を起こしても、こんなにも安らかな、彼の眠りを邪魔するだけだ。きっと今彼が見ている夢に私は出て来ていない。私は正面玄関ではなく、勝手に煙突から入り込んだだけの、ただの部外者なんだ。
私は彼を起こす勇気が出ないまま、帽子を取って、付けひげを外した。それからブーツを脱いで脇に置く。お腹のひもをゆるめ、お腹から枕を床に落とした。私の体を覆っていた赤いカーテンのような衣装を、頭から抜くようにして脱ぐ。ズボンも脱ぐと、足が冷気にひんやりとした。私はこの一連の動作を静かにやったつもりだったのだが、サンタの衣装を赤い正方形になるように畳んでいる途中で、コンナーが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
彼が起きて私を認識してくれた。それだけで十分だった。彼に近づくと、彼の瞳の中に私を歓迎する色が見て取れた。それだけで満足だった。彼の髪があちこちの方向に飛び跳ねているのを見られただけで十分だった。彼のパジャマのズボンにはたくさんのカウボーイが描かれていると知れただけで満足だった。彼が「寝ちゃったなんて信じられない」と言って、言い訳してくれただけで、私には十分だった。彼が手を伸ばしてきて、私を引き寄せてくれただけで、私は満足だった。私も彼の寝ているベッドに入り、彼と同じ毛布を半分かけてもらっただけで、十分だった。私の肩に彼の手が乗ってきて、私の唇に彼の唇がそっと重なっただけで、私は十分に満足だった。それなのに、なぜかしっくりこなかった。私はまだ、ここにいてはいけない人間なんだと感じていた。
「私は偽者だから」と私は囁いた。
「偽者だっていいじゃないか」と彼が囁き返してきた。「君は正しい偽者なんだから」
サンタの衣装を脱いでしまったから、私は肌寒くて震えていた。サンタの衣装を脱いでしまったから、私は私でしかなくなってしまった。クリスマスの真夜中に彼の家に忍び込んだ、ただの私になってしまった。サンタの衣装を脱いで、私は本物の私になれただろうか。これが現実だったらいいのに、と思った。これが物事のあるべき姿であることを願った。今はまだそうでなくても、将来そうなりますように。
コンナーは私が震えているのを感じ取ったのだろう。何も言わずに、彼は私の体と彼の体を一緒くたにして毛布でくるんでくれた。彼の家の中で、毛布の中が私たち二人のホームになった。この世界にできた私たちの世界。
窓の外では、月を横切ってトナカイが飛んでいるのかもしれない。外の世界には、正しくない答えを言った方がいい質問や、ついた方がいい嘘があるのかもしれない。外の世界は、寒いのかもしれない。だけど、私は今ここにいて、彼もここにいるんだ。今私の頭にあるのは、彼が私の体を温めようと私を抱きしめている、という考えのみだった。そして、私も全身全霊で彼を抱きしめている。いつか、私はここに含まれていてもいいんだ、と思えるまで。
了(涙)
〔感想〕(2020年5月29日)ブルーインパルスが東京上空を飛んだ日。ただ、藍は埼玉なので、どんなに目を凝らしても見えず...号泣(絃子ちゃん結婚して~!)←ブルーインパルスが見たいからかよ!!笑
囲碁的に言うと布石っぽく、銃に対する恐怖心の記述が前半にあったので、
後半でコンナーの母親が廊下に出てきた時には、撃たれるのではないか! と思って身構えてしまったけれど、笑
母親は察しの良い人でした^^
撃たれて終わる結末も、アメリカ的でかっこいいかも! とも思ったけれど...
それで、その母親が着ていたナイトガウンが、こちら!




上の2枚がスカーレット・ヨハンソンで、
下の2枚がエリザベス・テイラーです。
(日本的に言うと、同じ作品『セーラー服と機関銃』を、薬師丸ひろ子と橋本環奈が演じたみたいな感じかな!)
4枚目の写真で、なぜ夫は、こんなにセクシーなナイトガウン(ネグリジェ)から目を逸らして俯いてしまうのか? 答えは、この夫がゲイだからです!!
藍の好きな映画『アメリカン・ビューティー』にも、同様に夫がゲイで性的に欲求不満な女性が出てくるので、しかもタイトルがAmerican Beauty(アメリカ的な美しさ)なので、
ゲイはアメリカ的なのかもしれません!←アメリカン・ビューティーってバラの名前じゃない?←たぶんDouble meaning(二重の意味)だよ^^
この小説『即席のサンタクロース』に戻ると、
なぜコンナーの父親はいなくなってしまったのか、その理由は書かれていないので想像するしかないのですが、
子供にとっては、理由よりも、いるか、いないか、という事実のみが重要なのでしょう。
ライリーが「本物かどうか」にこだわるのも、その辺の線引きに重要な意味があるからでしょう!
それはきっと、「家族」かどうか、ということですね。
主人公の「私」が、外側だ、内側だ、自分は中にいてもいいのか、いけないのか、と絶えず自問を繰り返しているのも、その線引きが重要だからです。
藍にとって印象的だったシーンは、ラストシーンと、ライリーが「私」に抱きつくシーンと、もう一つがここ!
「彼が私を恋人として、家族に紹介している光景を思い描く。そこのダイニングテーブルに私も座り、冗談を言ってライリーを笑わせたり、クールなラナさえも思わず笑ってしまうような、もっと面白い冗談を言ったりして、私は自然に彼の手を握る。私たちが手をつないでいるのを見ても、みんな笑顔のままだ。」
これは「私」の想像の光景だけど、完全に100%「家族」として内側に受け入れられたことがわかる素敵な場面で、藍はここでも泣きました...藍も「信じることをやめちゃだめだよ」と自分に言い聞かせながら、同じような夢を見ているから...泣
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